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横浜地方裁判所相模原支部 平成9年(わ)85号 判決 1998年7月10日

主文

被告人を懲役二年に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、甲野電気株式会社の取締役財務部長として、同社の資金調達、資金の運用・管理等の業務に従事していたものであるが、その業務の一環として、当時の同社の代表取締役社長であったAの承認を得た上、同人の妻で同社の副社長であったB子名義の定期預金口座二口を開設して、これに同社の資金を預け入れ、その各定期預金通帳及び印鑑を手元に保管し、もって、同定期預金二口を同社のために業務上預かり保管中、自己の株取引の資金等に窮したことから、同定期預金二口を解約して、同資金等に流用しようと企て、

第一  平成三年九月二四日、東京都中央区日本橋一丁目五番三号所在の当時の株式会社三菱銀行日本橋支店(現 株式会社東京三菱銀行日本橋支店)において、前記定期預金のうち一口を解約し、その解約払戻金一七八四万六五三七円のうち現金一〇〇〇万円、同銀行同支店長振出の額面七八四万六五三七円の小切手一通をいずれも前記の資金等の自己の用途に費消する目的で手元に保留し、もって、着服横領し、

第二  同年一二月一二日、前同区日本橋茅場町一丁目六番一二号所在の当時の株式会社太陽神戸三井銀行兜町支店(現 さくら銀行兜町支店)において、前記定期預金のうちの他の一口を解約し、前記の資金等の自己の用途に費消する目的で、その解約払戻金一九四五万七三八七円をB子名義で自己が開設し管理していた普通預金口座に振込入金し、もって、着服横領したものである。

(証拠の標目)《略》

(弁護人の主張に対する判断)

一  (不可罰的事後行為等の主張について)

1  弁護人は、

(1) 判示第一認定の株式会社三菱銀行の定期預金は、被告人が、判示認定のとおり、被害会社のため、定期預金口座を設け、一五〇〇万円を入金したが、被告人の個人的な株取引等に関する資金捻出のため、昭和五七年一一月一七日ころ、同銀行から約一五〇〇万円を借り入れ、被害会社に無断で、同日から同借入金を返済した平成元年三月二四日までの間、同定期預金債権に質権を設定したが、その後、同借入金を返済し、右質権の設定を解除した上で、さらに、その後、右定期預金を解約して、その解約払戻金を自己の用途のために費消したものであるところ、被告人が、右のように、右定期預金に質権を設定した段階において、横領罪が成立するものというべきであって、その後の被告人の右定期預金の解約払戻金の取得行為は、いわゆる不可罰的事後行為にあたるというべきであり、

(2) 判示第二認定の株式会社太陽神戸三井銀行の定期預金は、被告人が、判示認定のとおり、被害会社のため、定期預金口座を設け、合計一五〇〇万円を入金したが、被告人の個人的な株取引等に関する資金捻出のため、昭和五八年一月二七日、同銀行から約一五〇〇万円を借り入れ、被害会社に無断で、同定期預金債権に質権を設定したが、その後、同借入金を返済し、右質権の設定を解除した上で、さらに、その後、右定期預金を解約して、自己の用途に費消する目的で、その解約払戻金を自己が開設し管理していた普通預金口座に振込入金したものであるところ、被告人が、右のように、右定期預金に質権を設定した段階において、横領罪が成立するものというべきであって、その後の被告人の右定期預金の解約払戻金の取得行為は、いわゆる不可罰的事後行為にあたるというべきである旨主張する。

2  そこで検討するに、確かに、例えば、<1>他人の不動産を占有している者が、甲に対して抵当権を設定してその旨の登記手続を経由した後、その登記を抹消した上、その直後に、甲に対して代物弁済に供しその旨の所有権移転登記手続を経由したり、<2>他人の不動産を占有している者が、甲に対して根抵当権を設定してその旨の登記手続を経由した後、その登記を抹消し、即日、乙に対して譲渡担保に供して所有権移転登記手続を経由し、その後、その登記を抹消し、即日、さらに丙に対して売却して所有権移転登記手続を経由した場合には、<1>の代物弁済に供しその旨の所有権移転登記手続を経由したことや<2>の譲渡担保に供しその旨の所有権移転登記手続を経由したこと、売却してその旨の所有権移転登記手続を経由したことは、それ以前の所有権侵害行為(横領行為)の事後処分として、いわゆる不可罰的事後行為にあたるものと解される。

しかしながら、いったん所有権侵害行為(横領行為)があったとしても、これを元の状態に回復させた上、従前の所有権侵害行為(横領行為)とは全く無関係に新たな領得行為が行われた場合には、後の領得行為はいわゆる不可罰的事後行為には該当せず、新たな法益侵害が生じたとして別罪を構成するものと解するべきである。

ところで、関係各証拠によると、被告人は、判示第一認定の株式会社三菱銀行の定期預金について、同定期預金債権に質権を設定していたものの、平成元年三月二四日、同銀行に借入金を返済して、同質権の設定を解除し、同銀行からその定期預金通帳の返還を受けてこれを手元に保管していたが、その約二年六か月後の平成三年九月二四日になって、その解約払戻金を自己の用途に費消するため、同定期預金を解約したこと、判示第二認定の株式会社太陽神戸三井銀行の定期預金についても、同定期預金債権に質権を設定していたが、平成三年五月一五日、同銀行に借入金を返済し、同年六月三日、同質権の設定の解除手続を了し、同銀行からその定期預金通帳の返還を受けてこれを手元に保管していたが、その約六か月後の同年一二月一二日、前同様、その解約払戻金を自己の用途に費消するため、同定期預金を解約したこと、右のように、右各銀行にそれぞれ借入金を返済して右各定期預金債権についての質権の設定を解除したのは、右各銀行からの要請を受け入れたことが重要な要因となっていたのであって、右各定期預金の解約の準備的な意味を有するものではなかったこと、判示第一、第二認定の各定期預金はいずれも被害会社の資産として同社の帳簿に記載されていたこと、したがって、当時の被害会社の取締役経理部長のCはもとより、当時の代表取締役であったB子も右各定期預金の存在を知り得る立場にあったことが認められる。

そして、右各定期預金のいずれについても、各質権の設定の解除手続を了した以降、同各定期預金を解約するまでの間は、被害会社の代表取締役らは、被告人に対して、その保管する定期預金通帳、印鑑を提出させたりして、同各定期預金を自ら保管し得る状態にあったものであり、その期間も、判示第一認定の定期預金については約二年六か月間、判示第二認定の定期預金については、これよりは短いものの、それでも約六か月間あったこと等の右認定事実のもとにおいては、同各定期預金の解約による解約払戻金の着服行為は、それ以前の質権設定とは全く別個の領得行為、新たな法益侵害行為であって、いわゆる不可罰的事後行為には該当しないものと解する。

3  さらに、弁護人は、右各定期預金のいずれについても、各質権の設定の解除手続きを了した以降、同各定期預金を解約するまでの間、被告人は、同各定期預金を被害会社のために預かり保管していたものではなく、自己のものとする意思であったのであるから、この時点で横領罪が成立し、その後の被告人の右各定期預金の解約払戻金の取得行為は、横領罪を構成しない旨主張をする。

しかしながら、確かに、関係各証拠によると、被告人は、右の間、前記各銀行からそれぞれその定期預金通帳の返還を受けてこれを手元に保管していたものと認められるが、被告人は、当公判廷において、この間、各定期預金通帳を被害会社に返さなければならないと思いながらも、これを返還すると、今までの自己の不正行為が露見してしまうので、そのままずるずると保管しておいた旨供述しているところ、この供述によると、右各定期預金通帳ひいては右各定期預金を自己のものにするという確定的な意思があったとは認められないのみならず、横領行為というためには、単に領得の意思が内心にあったというのでは足りず、その意思の発現と認められる客観的、外部的な行為がなければならないと解されるが、右の間の被告人の行為中に、このような領得の意思の発現と認められる客観的、外部的な行為が存したものと認めることはできない。

4  したがって、弁護人の前記各主張はいずれもこれを採用することができない。

二  (業務性に関する主張について)

弁護人は、本件各定期預金通帳の保管ひいては判示第一、第二の各定期預金の保管は、前記Cの業務内容に属し、被告人の業務内容には含まれていなかった旨主張する。

しかしながら、関係各証拠によると、確かに、被害会社の定期預金通帳の保管ひいては定期預金の保管は、本来的には、前記Cの業務内容に属するものであったが、被告人は、取締役財務部長として、同社の資金調達、資金の運用・管理等の業務に従事していたところ、当時の同社の代表取締役であったAの承認を得た上、本件定期預金口座二口を設けて、これに同社の資金を預け入れたものであって、これは被告人の業務の一環というべきであるところ、その各定期預金通帳及び印鑑の保管ひいては判示第一、第二認定の各定期預金の保管もこれと密接な関係を有するものとして、被告人の業務に含まれるものと解する。

よって、弁護人の右主張は採用することができない。

(法令の適用)

一  判示各所為 それぞれ、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法二五三条

一  併合罪の処理 平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法四五条前段、同法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑の法定の加重)

(量刑の理由)

本件は、取締役財務部長として、被害会社の資金調達、資金の運用・管理等の業務に従事していた被告人が、同社の定期預金を解約して、その解約払戻金を着服横領したという事案であるところ、主として株取引の資金に窮した上でのものであって、動機において何ら酌量すべき余地がないこと、被害額が比較的多額であること、被告人は、被害会社に入社後間もなくのころから同社の定期預金債権に質権を設定して、個人的な用途に供するために銀行から借り入れた借金の担保として以来、不正行為を続けてきたこと、少なくとも本件各被害額の全額又はこれに近い金額の弁償はされていないことが窺われることなどに照らすと、犯情が芳しくなく、その刑事責任を軽くみることはできない。

そうすると、被告人は、これまで全く前科、前歴がなかったこと、被告人を全面的に信用していたとはいえ、被害会社の資金管理状態がずさんであったことが本件の一要因となっていることも否定し難いこと、本件により被害会社を懲戒免職されたこと、その年齢、健康状態などの被告人について酌むべき事情をも考慮した上、主文のとおり刑の量定をすることが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊田 健)

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